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看看“三国”迷的日媒怎么看长江沉船事故

2015-06-07 17:08 来源: 东北新闻网 作者: 加州清光 分享 分享到搜狐微博 分享到网易微博

  

  

  長江で転覆した客船“東方之星”への救援活動が続いています。船のツアーは三国志ゆかりの地、赤壁や荊州などをめぐり、三峡ダムなど最新の観光スポットも加わる、人気のクルーズでした。

  针对沉没在长江的客船“东方之星”开展的救援活动仍在紧张进行中。船的周游路线是《三国志》的相关史迹地点,围绕赤壁、荆州、三峡水坝等景点进行巡回观光,深受旅客的喜爱。

  “赤壁”を遊覧の日に事故

  この戦いによって、もともと軍事的に優位だった曹操軍が敗退を余儀なくされ、劣勢の蜀と呉が勢力を拡大し、三国体制の基礎を構築したと言われています。2009年の映画“レッドクリフ”も“赤壁の戦い”に重点を置いています。

  事故在游览“赤壁”当日发生

  赤壁之战过后,军事力量强盛的曹操军队节节败退,处于劣势的蜀、吴却扩大势力。此战可谓奠定三国鼎立之基础的一战。2009年的中国电影《赤壁之战》中重点描述的也是这段典故。

  関羽が敗れ、ことわざになった“荊州”

  また、三国志ファンにとっては、荊州もなじみのあるスポットです。荊州は“江陵”と呼ばれ、春秋戦国時代(紀元前770-紀元前221年)には楚という国の首都でした。荊州は重要な戦略拠点として、三国時代では各勢力が争奪戦を繰り返しました。

  关羽“大意失荆州”典故的语源

  对于三国迷来说,荆州是一个具有重大意义的地方。荆州曾被称作“江陵”,是春秋战国时代(公元前770~221年)楚国的首都。在三国时代,此地作为重要的战略据点,不断遭到各方势力的你争我夺。

  赤壁の戦の後、一度は劉備の蜀国の管轄下に置かれ、関羽がその守備を担当しましたが、呉の奇襲に仕掛けられ、取られてしまいます。“関羽大意失荊州”(関羽が油断して荊州を失った)ということわざが、今でも中国に残されています。

  赤壁之战过后,此地曾归至蜀国的刘备管辖之下,并由关羽担任守卫。但关羽遭到吴国的偷袭失掉了荆州。中国至今仍有“大意失荆州”(关羽由于疏忽大意而导致了荆州被夺取)这句古话。

  1800年の歴史がある“監利県”

  事故現場の“監利県”は現在、荊州市が所轄する県です。赤壁の戦の後、この地域は呉国の領地になり、“監収魚塩之利(魚と塩の専売を監督し、収益する)”という意味で“監利”という名前の行政機構が設置されました。紀元222年に正式な地名として“監利”が使われるようになりました。以来、1800年近くの歴史ある都市となっています。

  拥有1800年历史的“监利县”

  事发现场“监利县”,现所属荆州市管辖区域。赤壁之战过后,这片地区成为吴国领地,吴国在此地设置了“监收鱼盐之利(监管鱼、盐生意并从中获利)”的行政机关,取名为“监利”。公元222年,“监利”成为正式的地名,至今已有1800年的悠久历史。

  長江流域は土地が豊かで、歴史も長く、中国文化の重要な発祥地であるため、グルメ?観光地として人気があります。また三峡ダムの建設など、観光?旅行として注目されています。高齢者のツアーのグループの場合、全体的にツアー参加費が低いという特徴もあります。

  长江流域土地肥沃、历史悠久,是中国文明的重要发祥地。再加上三峡大坝的建设等观光景点,也有不少游客将它视作美食、观光、旅行胜地。老年人旅游参团可获优惠价也是亮点之一。

责任编辑: 花千芳